「都合」の版間の差分

[[Category:{{jpn}}_{{adverb}}]]
{{jachar|都|合}}(つごう)
#何かをする際に、そのことの[[実現]]が[[可能]]となるために整うべき[[状況]]や[[状態]]。[[具合]]。[[塩梅]]。
#*いろいろ御[[相談]]もありますので、二十五日の午後一時から鉄塔書院で御会いいたしたいと存じますが御'''都合'''[[如何]]でございますか? ([[w:野呂栄太郎|野呂栄太郎]] 『平野義太郎宛書簡 一九三二年五月二十三日』)
#*わたしのその家に入つたのは初めてゞしたが、わたしの家とは舊(ふる)くからの知合で、この家の人でわたしを知つてゐるのが二三人ありました。で、たいへん'''都合'''よく、十一歳の少年は一人前の旅客として、ある一室に通されました。([[w:若山牧水|若山牧水]] 『金比羅參り』)
#何かをする際に、そのことの[[実現]]が[[不可能]]な[[状況]]や[[事情]]。また[[自身]]の[[意思]]や[[希望]]と[[無関係]]にそのようにせざるを得ない事情。
#*「私は今日は'''都合'''があって、御同席は出来ませんが[[万事]][[よろしく]]……」といって竹内氏は帰られました。([[w:高村光雲|高村光雲]] 『幕末維新懐古談 学校へ奉職した前後のはなし』)
#(一般的に)[[状況]]。[[事情]]。
#*叔父は事業家でいろいろな事に手を出しては失敗する、云わば[[やまぎ|山気]]の多い男であった。宗助が東京にいる時分も、よく宗助の父を説きつけては、旨い事を云って金を引き出したものである。宗助の父にも慾があったかも知れないが、この伝で叔父の事業に注ぎ込んだ金高はけっして少ないものではなかった。父の亡くなったこの際にも、叔父の'''都合'''は元と余り変っていない様子であったが、生前の[[義理]]もあるし、またこう云う男の常として、いざと云う場合には比較的[[融通]]のつくものと見えて、叔父は快よく整理を引き受けてくれた。([[w:夏目漱石|夏目漱石]]『門』)
#自にとっての一方的な[[利便]]。身勝手な[[具合]]。[[塩梅希望]]に合うこと
#*元来作者は自分自身の中に居る「坊ちゃん」「赤シャツ」「のだ」「狸」「山あらし」を気任せに取出して紙面の舞台で踊らせ歌わせる。見物人の読者はそれを見て各自の中に居る「坊ちゃん」「赤シャツ」エトセトラを共鳴させる。気楽なたちの人はそのうちで自分に'''都合'''のいい気持のいいのだけを自由に振動させ、'''都合'''のわるいのはそっとダンプしておく。([[w:寺田寅彦|寺田寅彦]] 『スパーク』)
#*すべての易者と星占家(家相家や、人相見や、八卦師や)は、かうした彼等の所謂亡者どもを濟度するため、矛盾にも此處で前説を豹變し、逆に今度は、意志の自由が運命を支配すること、自覺と心がけとによつて、何人も意識的に人相を變へ、惡しき手相を善き手相にし、自由に運命を支配し得ることを辯解する。(略)げに易者の哲理ほど、'''都合'''よく詭辯されたものはない。([[w:萩原朔太郎|萩原朔太郎]] 『易者の哲理』)
#*'''都合'''のいいやつ(1. 自分のことばかりで人の事情を考えない勝手な人。2. 勝手気ままに利用できる相手)
 
==={{verb}}・{{noun}}===
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