衆寡敵せず
日本語
編集成句
編集- 多数に対して少数では勝ち目がない[1]。数で圧倒される。「衆」は「多数」、「寡」は「少数」の意。
- 摂津源氏有行綱者焉、与其謀。已而度衆寡不敵、自告清盛。(頼山陽『日本外史』巻2・源氏正記 源氏上)〔1827年〕
- 日本軍は壁に拠って突喊して来る明軍に鳥銃をあびせる。明軍死する者多いが、さすがに屈せず屍を踏んで城壁を攀じる。日本軍刀槍を揮って防戦に努めるけれども、衆寡敵せず内城に退いた。(菊池寛『碧蹄館の戦』)
- 剣豪将軍として名高かった将軍足利義輝が松永久秀の軍勢に襲撃された際に、自らの周囲にあまたの名刀を突き立て、刀を取り替えつつ奮戦したが、衆寡敵せず、殺害されたという故事があり、多くの時代小説等において取り上げられていることが認められる。(東京地方裁判所 裁判長裁判官 三村量一ほか [1]リンク先22ページ 2004年12月24日判決)
しゅ↘ーか て↗きせ↘ず[1]
関連語
編集類義語
編集由来
編集- 【白文】
- 【訓読文】
- 【現代語訳】
- 董卓が騒乱を起こすと、承は徒党を糾合して天下の人々と共に董卓を誅滅しようとした。張承の弟の張昭は当時議郎の職にあったが、たまたま長安からやって来ており、張承に言った、「今、(あなたは)董卓を誅滅しようとしておりますが、多数と少数では相手になりません。しかも、唐突に計画を思い立ち、あぜ道で働く農民らを(徴兵して)戦わせようとしております。(あなたは)平素より将校らをいたわってきた訳でもありませんし、兵卒が訓練されている訳でもありません。これでは、成功を収めることは困難です。董卓は兵力を恃みにして道義がなく、(権力者の地位に)長く留まれるはずがありません。(あなたに)従う者を選抜し、時機を待って行動するのが適切です。そうすれば、いずれご希望通りになることでしょう」。張承は、この意見を正しいと考えた。そこで、官職を辞して密かに故郷へ帰り、張範と共に揚州へ避難した。
翻訳
編集- 英語: be outnumbered (en)
- 中国語:众寡不敌/眾寡不敵