朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり(あしたにみちをきかばゆうべにしすともかなり)
- 朝に真理を悟ることが出来たなら、その日の夕方に死んだとしても心残りはない。
- 朝に道を聞かば夕に死すとも可なりというのと僕の願とは大に意義を異にしているけれど、その心持は同じです。(国木田独歩『牛肉と馬鈴薯』)〔1901年〕
- 孔子また言わずや、朝に道を聞かば夕べに死すとも可なりと。言うこころは、人生唯一の目的は道を聞くにある、(...)(河上肇『貧乏物語』)〔1916年〕
- 孔子『論語 - 里仁』より。「子曰、朝聞道、夕死可矣。」