利用者:エリック・キィ/tl-fil
プロジェクトの総数: 75
青: Tagalog系(70), 緑: Filipino系(27); 黄および水: 両方のカテゴリを有するプロジェクト(22)
名称および分類
編集 フィリピンの国の言葉とは何であろうか。外務省のホームページでは「国語はフィリピノ語、公用語はフィリピノ語及び英語。80前後の言語がある。」とされている[3]。しかしこのフィリピノ語については「フィリピノ語(タガログ語)」という併記も時として見られる。SILは別枠扱いとし、フィリピノ語には
、タガログ語には{{fil}}
のISO 639-3コードを割り当てている。また、フィリピン語はタガログ語には存在しないfとpの区別を持つともされている。
{{tgl}}
それでは、本当にこの二つの「言語」は別物であるのだろうか。疑念を抱かせる記述は、選りにも選って個別言語コードの割り当てを行った国際SILが発行するEthnologueにあった。第19版のFilipinoの項目の一番下、Other Commentsの欄には「基本的にタガログ語が基礎となっており、地方の言語からいくつかの用語が取り入れられた」という事が記されている。東京外国語大学言語モジュールはフィリピノ語について「フィリピン共和国で、国語(共通語)として使っている言語で、語彙の増減や発音の違いはありますが、言語学的にはタガログ語です。」[4]という様に、両者がほぼ同一の存在であるという事を表明している。そして元東京外国語大学助教授である山下美知子氏による『ニューエクスプレス フィリピン語』の導入部には、フィリピノ語はタガログ語を基礎としたもので実質的にタガログ語と同じだが、フィリピン国内においてタガログ語と同等の話者人口を占めるセブアノ語 (wp)話者に配慮し、Filipinoつまりフィリピノ語となったという旨が記されている。こうした要素を考慮すると、SILによる記号の振り分けとは裏腹に、むしろ実情的には英語でいうところのKoreanを「朝鮮語」と呼ぶか「韓国語」と呼ぶかの問題に近いところがある。
上の表にある通り、英語版ウィクショナリーにおいてはフィリピノ語カテゴリは議論と投票の末、タガログ語カテゴリへと統合された。この議論は「同じマーカー(ang, sa, sa)、同じ人称代名詞、同じ指示代名詞、同じリンカー(na, at, ay)、同じ不変化詞、同じ動詞接辞(-in, -an, i-, -um-)、言ってしまえば同じ文法、同じ言語」であるものをどうして併存させておく必要があるのか、という言葉から始まったものであった。
こうして英語版においてはフィリピノ語カテゴリが廃止されたものの、日本語版もこれに倣うべきであろうか。他のプロジェクト全体における状況がどの様なものであるか気になった。また、プロジェクト全体でいずれの言語名が優勢であるのかについても知りたかった為、粗雑な方法ではあるが各言語版における項目の数から、いずれが優勢であるかを割り出そうとした。その結果、カテゴリ名としてFilipino系の名称のみを採用しているプロジェクトは5つ存在するが、Tagalog系の名称のみを用いているプロジェクト数はそれを遥かに上回る48であった。また、両者が併存する事例が日本語版含め22件存在する事もわかった。この場合いずれのカテゴリの項目数が優勢であるのかについても調べた。すると、イタリア語版やルクセンブルク語版の様にFilipino系が優勢であったり、マルタ語版の様に現状においてはそもそも内容が皆無に等しいプロジェクトも存在はするものの、全体的にはTagalog系のカテゴリにより多くの項目が集中している事が明らかとなった。
この様にプロジェクト全体においてTagalog系の方が優勢であるのは2004年から存在しているタガログ語版Wikipediaの存在が全体の執筆活動に大きく作用しているのではないかと見られる。プロジェクトの中にはほぼ全ての項目をbotが作成していると見られるものもあるが、そのbotにも操作を行う人間が必ずいる以上、この仮定は易々と打ち消すことができないものであると思われる。
以上の独自調査を踏まえ、統合を行うべきか否かについて筆者は統合を行うべきではないかという漠然とした意識を抱いてはいるが、それに拘泥せず一度コミュニティに諮る必要性があると考えている。
動詞
編集さて、これらの(もしくはこの)言語について問題となるのは同一性の是非や名称のみではない。動詞の扱いについても悩み所となる。しかしこの問題について理解するためにはまず、動詞の体系について簡潔に解説する必要がある。この言語にはある一定の意味を持つ語根 (wp)が存在し、これに接辞をつける事により動詞の不定相が形成される。たとえば〈食〉を意味する語根kainに接中辞 (wp)-um-を加えることにより不定相kumainが、接尾辞-inを加えることによりkaininが形成されるという具合である。そして問題は、動詞を扱う際に語根を本項目とするか不定相を本項目とするかの明確な基準が少なくとも身近なところには存在しないという点である。語根と不定相いずれにも項目の見出しとなる妥当性があるのだ。
これに関する日本語文化圏での扱いはどの様になっているのであろうか。書籍を参照すると、『日本語-フィリピン語実用辞典』では語根が、『CDエクスプレス フィリピノ語』の巻末では語根と活用形が表示され、先述の山下(2010年)の巻末では不定相を中心として活用形を動詞の見出し語としている。この様に書籍によって方式はまちまちである。先に触れた東京外国語大学言語モジュールの語彙モジュールの場合、単語の検索機能が付属しているが、動詞についての情報を求める場合は不定相を入力して検索を行う必要がある(例: "kain"で検索, "kumain"で検索)。
他プロジェクトでの状況はいかがであろうか。これも調査した。まずフィリピン語カテゴリの廃止を決行した英語版ではどの様になっているかを探った。すると最初に例に挙げたkain/kumain/kaininはいずれも動詞の本項目として掲載が行われている。これに限らず、語根・不定相の分類がさほど明記されていない例がちらほらと目立つ。これらを鑑みるに、動詞の掲載に関してはまだ規準が策定されていない模様である。次に肝腎のタガログ語版はどのようになっているかというと、どういう訳か動詞カテゴリが二つも存在し、いずれも語根と不定相とが混在している。ここから、母語話者達もさほど厳格な方針を適用している訳ではないという事が窺えた。この二言語版以外に動詞カテゴリが存在する、或いは動詞項目が投稿されているプロジェクトの数は23であり[5]、ここから項目数が一つのみの言語版5つや項目数が膨大であるがほぼ全てbot製と推定されるマダガスカル語版を除外すると、語根優位のプロジェクトが5で不定相優位のものは12であった。
筆者は日本語版において18動詞項目の新規加筆を語根形のページに対し行ったが、これは先述の様に動詞を語根の形で掲載している市川(2013年)の形式に倣った為である。筆者による加筆以前から日本語版においては語根の形で掲載を行う傾向があったが、東京外国語大学ならびにその関係者の手による方式やWiktionaryプロジェクト全体の傾向を鑑みるに、不定相を本項目とする形式に改めた方がよいのではないか、と考える様になりつつある。
アクセント記号?
編集なお、当初の問題意識には含まれていなかったが、フランス語版を始め複数の言語版においてはアクセント記号つき表記による項目が立てられていることが確認できる。しかし今のところ日本語で出版された書籍などではそうした表記法は見つかっていない。現にタガログ語版ウィキプロジェクトにおいてもアクセント記号つき表記は筆者が知る限りほとんど見当たらない。よって、項目はアクセント記号なしを基本とし、仮にアクセント情報を記載する場合にはこのように見出しテンプレートで指定する方法が最も順当と思われるが、いかがであろうか。
おわりに
編集現在、タガログ語/フィリピン語辞書としては先述の市川(2006年、2015年)また語学全体については津田&トーレス・ユー(2003年)や山下(2010年)などが挙げられ、ウェブ上にもこの言語に特化した辞書が存在する[6]。この様に日本語母語話者が言語学習を行うための環境は比較的整っていると言える。しかし、個々の参考書で語彙一つ一つの変化形を全て掲載する事には限界がある。これはこの言語に限った話ではなく、あらゆる言語についてあてはまる課題である。ウィクショナリーでは単語を切り取り、その一つ一つについて変化形のみならず類義語、成句、用法についての注意などに丁寧に言及する事が可能で、またフィリピン固有のものではない語源についても同じサイト内で言及することが可能という利点がある。このタガログ語/フィリピン語の場合、動詞の活用が学習の上での鬼門となっているという声がちらほらと聞こえてくる。よって、手厚く痒いところに手が届く辞書として言語自体や動詞についての扱いに一定の規準を設け、その下で整備を行う価値は十分に存在するというのが筆者の見解である。
脚注
編集- ↑ 1.0 1.1 「~が優勢」と記されている場合は二つの形態が混在している事を意味する。
- ↑ 各言語版によりカテゴリの構造が異なり、数字を導き出した方法もまちまちである。しかし、ここで最も知りたかったのは大まかな規模である為、厳密な数は追究しない事とした。なお、テンプレート関連の要素は省いた。
- ↑ “フィリピン基礎データ | 外務省”. 2016年2月26日閲覧。
- ↑ “東外大言語モジュール | フィリピノ語”. 2016年2月26日閲覧。
- ↑ ある一つのプロジェクトにおいて二種類の言語カテゴリ両方に動詞カテゴリが属している場合、1として数えている。
- ↑ たとえばタガログ語の小辞書 (2016年2月27日閲覧。)などが例として挙げられる。
参考文献
編集- 市川恭治 編『新装普及版 日本語-フィリピン語実用辞典』日本地域社会研究所、2006年。ISBN 4-89022-803-9
- ――――― 『改訂新版 日本語-フィリピン語実用辞典』日本地域社会研究所、2013年。ISBN 978-4-89022-135-6
- 津田守、ロサリオ・トーレス・ユー『CDエクスプレス フィリピノ語』白水社、2003年。ISBN 4-560-00595-8
- 山下美知子『ニューエクスプレス フィリピン語(CD付)』白水社、2010年。ISBN 978-4-560-08550-9
- Lewis, M. Paul; Simons, Gary F.; Fennig, Charles D. (ed.), Ethnologue; Languages of Asia, Eighteenth Edition. Dallas: SIL International Publications, 2015. ISBN 978-1-55671-393-4