日本語編集

副詞編集

 (せっかく)

  1. わざわざ骨を折って、親切にも。
    • 元は、「努力して」「骨を折って」のみの意味であったが、現代では、その効がなかった場合ないしそのままでは効がなくなる場合に多く用いる。
    • 雨降りだと、雲煙が深く山を封してゐるから、折角山へ入つても山を見ることはできず、よほど厳重な雨支度をしてゐない限り、からだはびしよ濡れになつて、大概の人は風邪をひいてしまふ。(徳田秋聲 『霧ヶ峰から鷲ヶ峰へ』)
    • 昔、四十七士の助命を排して処刑を断行した理由の一つは、彼等が生きながらえて生き恥をさらし折角の名を汚す者が現れてはいけないという老婆心であったそうな。(坂口安吾 『堕落論』)

由来編集

  • 後漢書・郭符許列伝』にある、郭泰の以下の故事からという(日本国語大辞典など)。但し、現代中国語では用例が見当たらず、正確性は不明。
    • 嘗于陳梁間行遇雨,巾一角墊,時人乃故折巾一角,以為「林宗巾」。其見慕皆如此。
      (大意)郭泰が陳から梁へ行くときに雨に遇い、頭巾の一角が折れた。人々はそれを真似わざと一角を折って、「林宗巾(「林宗」は郭泰の字)」と称した。そのくらい慕われていた。
  • なお、『漢書・楊胡朱梅云伝』に以下の故事が記載される。
    • 是時,少府五鹿充宗貴幸,為梁丘易。自宣帝時善梁丘氏說,元帝好之,欲考其異同,令充宗與諸易家論。充宗乘貴辯口,諸儒莫能與抗,皆稱疾不敢會。有薦雲者,召入,攝沥登堂,抗首而請,音動左右。既論難,連拄五鹿君,故諸儒為之語曰:「五鹿嶽嶽,朱雲折其角。」繇是為博士。
      (大意)元帝は易経の梁丘賀説を好み、少府五鹿充宗と易経を修めた者に議論させ異同を考察しようとした。五鹿充宗は権勢と巧みな弁舌があったため他の学者は彼に対抗しようとせず、病気と称して出てこなかったが、侠客上がりの易経学者朱雲は堂々と五鹿充宗を論難した。儒者たちはこのことを指して「五鹿の長い角を朱雲が折った」と言った。