ここでは、アイヌ語の発音表記についての詳細を記す。記号は国際音声記号(国際音標文字とも)を使用。

  • すなわち、a は字母(による表記)、/a/ は音素、[a] は音声(音韻)を表す。
  • アイヌ語のカナ表記については、アイヌ語のカナ表記を参照。

字母一覧

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アイヌ語のローマ字表記(ラテン・スクリプト)で使われる文字(字母)は、次のとおり。

  • a, ā, b, c, ç, d, e, ē, f, g, h, i, ī, ï, j, k, m, n, o, ō, p, r, s, š, t, u, ū, w, x, y, dz, ', ø
  • すなわち l, q, v, z は(外来語をそのまま表記するのでもなければ)使われない。
  • f は外来語にしか見られない。
  • 記号は各種使われるが、代表的なものは = - . (左から、人称ハイフン、ハイフン、句点、読点)
  • 有声音字母 g, d, b, j/dz は、無声音字母 k, t, p, c に置き換えても語の意味そのものは変わらない。
    有声音(濁音)は、女性よりは男性に、子供よりは大人に、丁寧な発音よりはぞんざいな発音に、シラフではなく酩酊状態のときに表出する。

音声一覧

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子音

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  両唇音 唇歯音 歯音 歯茎音 後部歯茎音 そり舌音 硬口蓋音 軟口蓋音 口蓋垂音 声門音
破裂音 p b     t d       k ɡ   ʔ  
内破音 p̚       t̚         k̚      
破擦音       ʦ ʣ ʧ ʤ          
鼻音   m       n       nʲ   ŋ    
震え音                    
弾き音       ɾ̊ ɾ            
摩擦音 ɸ   f     s z ʃ ʒ   ç   x     h  
側面摩擦音       ɾ̊ˢ ɾˢ            
接近音               j   w    
側面接近音                    
  • 灰色の音声は、稀にしか現れないことを表す。字母一覧を見よ。

母音

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  前舌   中舌   後舌
i          
    ɪ       ʊ
半狭 e           o
           
半広          
           
a          

音素一覧

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音声一覧表と対応する位置にその音声(音韻)の持つ音素を記す。

子音

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  両唇音 唇歯音 歯音 歯茎音 後部歯茎音 そり舌音 硬口蓋音 軟口蓋音 口蓋垂音 声門音
破裂音 p p     t t       k k   ʔ  
内破音 p       t         k      
破擦音       c c c c          
鼻音   m/n       n       n   n    
震え音                    
弾き音       r r            
摩擦音 h   f     s c s c   x   x     h  
側面摩擦音       r r            
接近音               y/n   w    
側面接近音                    
  • /n.p/[m.p]/m.p/[m.p]
  • /n.s/ = /y.s/[ɪ.s]
  • /n.y/ = /y.y/[ɪ.j]
  • /r.n/ = /n.n/[n.n]
  • /r.t/ = /t.t/[t̚.t]
  • /r.r/ = /n.r/[n.dɾ]
  • /ti, t.i/ = /ci, c.i/[ʧi, ʤi]
  • /t.s/ = /t.c/[t̚.ʧ]
  • 北海道中部・北部方言 字母 ç = /s/。他方言からみると字母 ç = /c/
  • 北海道南部方言(日高支庁) /n.w/ = /n.m/[n.m]
  • 北海道南部方言(日高支庁) /m.w/ = /m.m/[m.m]
  • 北海道北部方言 /k.p/ = /p.p/[p̚.p]
  • 北海道北部方言 /t.k/ = /k.k/[k̚.k]
  • 北海道北部方言 /p.t/ = /t.t/[t̚.t]
  • 北海道北部方言 /pa//ca/[ʧa, ʤa, ʦa, ʣa]。(アクセントのある音節)
  • 北海道北部・樺太方言 /r.t/ = /n.t/[n.t]
  • 主として樺太方言 /n.w/ = /w.w/[w.w]
  • 樺太方言 /-x/ = [-x] = 連声時と他方言 /-k, -t, -p, -s, -r/
  • 樺太方言 /ix/ = [iç] = 連声時と他方言 /ik, it, ip, is, ir/

母音

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  前舌   中舌   後舌
i          
    y       w u
半狭 e           o
           
半広          
           
a          
  • /ē/ = /ey/[eɪ], 樺太方言 [eː]

子音

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k
日本語の「カ行」とほぼ同じ [k]。有声音(濁音)化する [ɡ]ki は日本語「キ [kʲi, kçi]」と異なる。有声音化しても、日本語の語中の g のように鼻音化 [ŋ] しない。末音は入声(内破音)。末音は樺太方言では x になる(後ろの母音と連声すると本来の k に戻る)。
t
日本語の「タ行」とほぼ同じ [t]。有声音(濁音)化する [d]ti は日本語と同様 ci になる。末音は入声(内破音)。末音は樺太方言では x になる(後ろの母音と連声すると本来の t に戻る)。
p
日本語の「パ行」とほぼ同じ [p]。有声音(濁音)化する [b]。末音は入声(内破音)。末音は樺太方言では x になる(後ろの母音と連声すると本来の p に戻る)。
h
日本語の「ハ行」とほぼ同じ [h]。有声(濁音)はない。hi は日本語と同様「ヒ [çi]」になる。hu も日本語と同様「フ [ɸu̜]」になる。末音には置かれない。
s (sh, š)
日本語の「サ行」「シャ行 [ʃ, ɕ]」とほぼ同じ [s][ʃ]。有声音(濁音)はない。si は日本語と同様「シ [ʃi]」になる。末音はすべて [ʃʲ]。末音は樺太方言では x になる(後ろの母音と連声すると本来の s に戻る)。字母 š は、[s] ではなく [ʃ] と発音してほしいときのレトリック(修辞法)。s のカロン(キャロン)。
y
日本語の「ヤ行」とほぼ同じ [j]。日本語では廃れた ye もある。yi が存在するかどうかは諸説ある。末音では二重母音になる(後ろの母音と連声すると続く音節の頭子音 y になる)。
w
日本語と「ワ行」とほぼ同じ [w]。日本語では廃れた wi, we もある。wu が存在するかどうかは諸説ある。末音では二重母音になる(後ろの母音と連声すると続く音節の頭子音 w になる)。
m
日本語の「マ行」とほぼ同じ [m]。末音にも置かれる。末音も [m] のままで、日本語のように「ン [ɴ, ɴ̩, n, n̩, ŋ, ŋ̩, ɲ, ɲ̩, ɯ, w, _ⁿ, _̃] 等」にはならない。
n
日本語の「ナ行」とほぼ同じ [n]。日本語の「ニ [ɲi]」ほどではないが、ni は若干口蓋化して [nʲi] になる。k の前では [ŋ] に、p の前では [m] になる。末音にも置かれる。末音は [n] のままで、日本語のように「ン [ɴ, ɴ̩, m, m̩, ŋ, ŋ̩, ɲ, ɲ̩, ɯ, w, _ⁿ, _̃] 等」にはならない。
r
日本語の「ラ行 [ɺ̠]」 とは異なる。無声音化する。末音になる。事前の円唇を伴わないので英語(米語)の r [ɹ] とも違う。
  • 舌の先は1回だけ歯茎に触れる。
    より正確には触れるというよりも舌先でタップするのである。タップとは日本語の「舌打ち」「舌鼓したつづみ」にあたる。声を出さずに舌打ちをすると「タッ」とも「ツッ」とも聞こえる(英語では tut-tut)タップ音がする。神謡におけるアイヌ語の r では実際にタップ音が聞かれることもあるが、話し言葉ではそれよりも弱くタップすると同時か少し早めに母音を発声するのである。
  • [l] よりは [r] に近い [ɾ]
  • 語頭では、「[t][d] の中間の音」と、さらに [ɾ] との中間音に聞こえる。
    21世紀初頭の今から3~4世代程度昔の日本語話者が、英語 radio を「ダヂオ」に近く発音していたことに似る。
  • n の後では、[d] に近い [dɾ]
  • k, p の後では、無声音化して [ɾ̊]
  • t の後では、無声音化し、更に摩擦を帯びる [ɾ̊ˢ]
  • s の後では、完全に無声摩擦の [ɾ̊s]
  • 末音は前の母音に影響されて a, i, u, e, o を伴うように聞こえるが母音はない。
    上記のタップ(舌打ち)を母音を発声し終わる直前に行うのである。うまくいかずに r の後に母音が来るよりも、むしろ母音の発声を止めた直後にタップするのでもよい(無声の r になる)。
  • 樺太方言では、末音 x になる(後ろの母音と連声すると本来の r に戻る)。
c (ch, ts; j, dz)
日本語の「チャ行 [ʧ, ʨ]」「ツァ行」とほぼ同じ [ʧ][ʦ]。有声音化する [ʤ][ʣ] が、慣例ではそれを一意に表現する字母がない(j, dz 等が使われる)。末音には置かれない。ci は「ツィ [ʦi]、ヅィ [ʣi]」にはならずに、常に「チ [ʧi]、ヂ [ʤi]」。
x
日本語の「ハ行」を強くささやいた発音に似る [x]i の後では「 [ç]」になる(字母 ç と混同しないこと)。樺太方言(タライカを除く)の末音のみに存在する。
ç
北海道中部・北部方言とその他の方言の間に語源的関係を示すときのレトリック(修辞法)。フランス語のc のセディーユ。北海道中部・北部方言では s に等しく、その他の方言では c に等しい。
'
そこに本来音があったことを示すレトリック(修辞法)。アポストロフィ。本来あった音は、i, u, h, y など。主に北海道南部方言・北部方言で使われる。
ø
そこに本来音がないことを示すレトリック(修辞法)。ゼロ。主に文法上使われる。
  • 末音は、後ろに母音が来ると連声(リエゾン)する=次の音節の頭子音になる。樺太方言の末音 x も連声すると本来の k, t, p, s, r に戻る。

母音

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  • 括弧内は、文献による表記の揺れ。
a
日本語の「ア」とほぼ同じ [a]
i
日本語の「イ」とほぼ同じ [i]。前に母音 a, u, o が来て複合語化すると子音 y になる。
u
日本語の「ウ」とは異なり、[u] よりも若干口の丸めの弱い、広がった [u̜]。日本語話者には「オ」に聞こえることがある。前に母音 a, i, e が来て複合語化すると子音 w になる。
e
日本語の「エ」に近いが少し狭い [e]
o
日本語の「オ」に近いが少し狭い [o]
ï
前の母音との二重母音ではないことを明確に示すレトリック(修辞法)。フランス語の i のトレマ(太字だと見づらいが i の上に点2つの ï 。 i のウムラウトではない。多くはアクセントをも伴う。
â, î, û, ê, ô (ā, ī, ū, ē, ō)
樺太方言(タライカを除く)には、短母音 a, e, i, o, u と弁別的な長母音 â, î, û, ê, ô (ā, ī, ū, ē, ō) = [aː, iː, uː, eː, oː] がある(古い語形の保存)。字母そのものを読み上げるときはサーカムフレックス(マクロン)付きのaなどという。長母音にはサーカムフレックスのâ, î, û, ê, ôを用いる表記法とマクロンのā, ī, ū, ē, ōを用いる表記法とがあるが、国際的にはサーカムフレックスのâ, î, û, ê, ôを用いる表記法のほうが優勢のようである。
ʔ
単語の最初に来るアクセントのある母音は声門閉鎖を伴う: [ʔá, ˈʔa]。特に表記しない。

二重母音

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ay (ai)
日本語の漢語の母音アィとほぼ同じ [aɪ]
uy (ui)
日本語で「ウィスキー」というときの「ウィ」とほぼ同じ [uɪ]
oy (oi)
日本語で「おぃ!」と呼びかけるときの「オィ」とほぼ同じ [oɪ]
aw (au)
日本語にこの発音はない。強いて言えばアシカの真似をするときの「アォ」に近い [aʊ]
iw (iu)
日本語にこの発音はない。強いて言えば関西方言の「なんちうこっちゃ」の「イゥ」に近い [iʊ]
ew (eu)
日本語にこの発音はない。強いて言えば「稀有」と言ったときの「エゥ」に近い [eʊ]

非生来的二重母音

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ow (ou)
英語風に「オゥ!」という場合の [oʊ]kokow のみに使われる
ey (ei)
日本語の掛け声で「エィヤー」というときの「エィ」に近い [eɪ]。短母音 e の強調(樺太方言には長母音 ē = [eː] がある)。
ae
日本語の「あえて」の「アェ」に近い [ae]。語頭のみ(第一人称接頭辞 a= と指相の接頭辞 e- の結合した複合語)。

音節

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  • アイヌ語の音節は、CV (子音・母音)または CVC (子音・母音・子音)で構成される。
  • V (母音)の前後に、CC (二重子音)や CCC (三重子音)はない。またそれ以上もない。
  • 二重母音は VC (母音・子音)と認識される。従って二重母音の前に子音 C はありえるが、後ろにさらに子音 C があって音節を構成することはない。

アクセント

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高低アクセント

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  • アイヌ語のアクセントは、高低アクセント(ピッチアクセント、音楽的アクセントとも)である。アクセントがある音節が高い。
  • 過去の版で、樺太方言は強弱アクセント(ストレスアクセントとも)である(アクセントがある音節が強い)という説明がなされていたが、誤りである。

アクセントの位置

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  • 語の最初の音節が閉音節(子音おわり)の場合、そこにアクセントがある。
  • 語の最初の音節が開音節(母音おわり)の場合、基本的には語毎にアクセントの位置を覚えるしかない。
  • (学習者にとってうれしいことには)三音節目以降にアクセントはない(ただし、複合語・外来語(借用語)は例外である)。
  • 独立語同士の複合語においては、第一要素となる語にアクセントがある。
  • 形容詞・形容接頭辞(規定詞)と他の語の結合では、規定詞にアクセントがある。
  • 派生語・複合語が十分に熟語化すると、語の最初の音節が閉音節でない限り、第二音節にアクセントが移る(ただし、外来語・借用語についてはこの限りでない)。

関連項目

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