光陰矢の如し(こういんやのごとし)
- 月日が過ぎるのは矢のように速い事の例え。
- 維新の頃より今日に至るまで、諸藩の有様は現に今人の目撃するところにして、これを記すはほとんど無益なるに似たれども、光陰矢のごとく、今より五十年を過ぎ、顧て明治前後日本の藩情如何を詮索せんと欲するも、茫乎としてこれを求るに難きものあるべし。(福沢諭吉 『旧藩情』)
- 光陰如箭夏過半。(『景徳傳燈録』巻第三)
- 秋來庭下,光陰如箭,似無言,有意傷儂。(蘇軾)
- 日月過箭疾。公今未有田,把筆耕六籍。(黄山谷)
- 光陰如箭如流水。散亂全因缺定門。(『定慧相資歌』)
- 古詩曰。四時更代謝。日月遞差馳。蓋言二歳月之易一レ過也。況到二暮齢一。光陰如二征箭一、時節如二流水一。衰残之軀。取レ楽之工夫。須下以二一日一為二十日一。以二一月一為中一年上。若不レ然。縦雖三幸天假二百年一如二白駒過一レ隙耳。残喘須臾之際。苟徒爾而終レ身。雖二悔恨噬一レ臍。何益之有。 (『慎思錄』巻之二)
- 古語に、光陰箭の如く、時節流るゝが如し。又曰、光陰惜むべし、是を流水に譬ふと云へり。月日のはやき事、年々にまさる。一度行きて帰らざる事、流水の如し。今年の今日の今時、再帰らず。なす事なくて、等閑に月日を送るは、身をいたづらになすなり。惜むべし。大禹は聖人なりしだに、猶寸陰を惜み給へり、況や末世の凡人をや。聖人は尺璧を尊ばずして、寸陰を惜むとも云へり。少年の時は、記性強くして、中年以後数日に覚ゆる事を、唯一日半日にも覚えて、身を終るまで忘れず。一生の宝となる。年老いて後悔なからんことを思ひ、小児の時、時日を惜みて、いさみ勤むべし。かようにせば、後悔なかるべし。 (『和俗童子訓 巻三』)