乗じる (じょうじる)
- (自動詞, 古用法) 〔乗り物に〕乗る。
- 1892年、徳富蘇峰「吉田松陰」[1]
- 彼は九月江戸を発し、驀地九州に入り、豊肥を経、長崎に赴き、露艦に乗じ、海外に航せんとす。
- 1893年、北村透谷「思想の聖殿」[2]
- 恰も是れ渡船に乗じて往来する人の面は常に異なれど、渡頭、船を呼ぶの声は尽くる時なきが如し。
- 1907年、江見水蔭「月世界跋渉記」[3]
- […]一行は桂田博士が発明した最新式の空中飛行船に乗じて、この試運転の第一着手として、吾が地球から最も近い月世界の探検を思い立ったのである。
- (他動詞, 数学) 〔数字に数字を〕掛ける。乗算する。
- 1915年、森鴎外「雁[4]
- 君円錐の立方積を出す公式を知っているか。なに。知らない。あれは造做はないさ。基底面に高さを乗じたものの三分の一だから、若し基底面が圏になっていれば、1/3r2πhが立方積だ。
- 1922年、寺田寅彦「電車の混雑について」[5]
- この点を明らかにするには、各間隔の回数に、その間隔の時間を乗じた積の和を比較してみなければならない。
- 1949年、永井隆「長崎の鐘」[6]
- 「物質がエネルギーに忽然として変わるんだ」「そうだ。物質の質量に光の速度の自乗を乗じた積が、その質量のエネルギーなんだ」
- (自動詞) (「~に乗じる」の形で)~を利用する。便乗する。
- 1927年、小酒井不木「死体蝋燭」[7]
- 「そうではない。あの尊像の後ろには、今、この暴風雨に乗じて、この寺にしのび入った賽銭泥棒がかくれているのだ。それをお前の身代わりにするのだ。さあ来い」
- 1928年、黒島伝治「渦巻ける烏の群」[8]
- 狼は山で食うべきものが得られなかった。そこで、すきに乗じて、村落を襲い、鶏や仔犬や、豚をさらって行くのであった。
- 1943年、中島敦「李陵」[9]
- 徒歩の兵は大部分討たれあるいは捕えられたようだったが、混戦に乗じて敵の馬を奪った数十人は、その胡馬に鞭うって南方へ走った。
- (自動詞) (「~に乗じる」の形で)すっかり~という気持ちになる。~という気持ちになって、その勢いに任せる。
- 1928年、里村欣三「シベリヤに近く」[10]
- 「うむ、それから」と興に乗じた隊長は斜な陽を、刃疵のある片頬に浴びながら、あぶみを踏んで一膝のり出した。
- 1932年、牧野信一「三田に来て」[11]
- この冒頭に引用した一節の古詩は、その晩私が満悦に乗じて思はず筆を執つて壁に走り書いた有頂天の誌である。
- 1947年、坂口安吾「家康」[12]
- その代り肚をすえ命をすててかかるという太々しさ純潔さは失われて、勢いに乗じて自我の抑制もつつしみも忘れただ慾の皮の仕上げをたのしむだけの老獪な古狸になってしまった。
各活用形の基礎的な結合例
意味 | 語形 | 結合 |
否定 |
乗じない |
未然形 + ない |
意志・勧誘 |
乗じよう |
未然形 + よう |
丁寧 |
乗じます |
連用形 + ます |
過去・完了・状態 |
乗じた |
連用形 + た |
言い切り |
乗じる |
終止形のみ |
名詞化 |
乗じること |
連体形 + こと |
仮定条件 |
乗じれば |
仮定形 + ば |
命令 |
乗じよ 乗じろ |
命令形のみ |