やってくる【遣って来る】
- (自動詞) 「来る」の強調表現。ただし、意味・使用の範囲は「来る」よりも限定されている。
- 話し手がいる場所、あるいは話し手の視点が置かれる場所に、到着する。近づく。
- 丁度八日前の事だが、僕のところへ五十になる男が遣って来た。(シュニッツレル「みれん」)〔森鴎外訳1912年〕[1]
- メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。(太宰治「走れメロス」)〔1940年〕[2]
- (動作主が話し手と同一の場合、普通は「やってきた」「やってきている」などの完了・継続の形で)話し手がいる場所に現在訪れている。
- 私はこの学校は初めてで――エー来るのは初めてだけれども、御依頼を受けたのは決して初めてではありません。[中略]断るのが面白いからではなく、やむをえないからで、このやむをえない事が度重たびかさなって御気の毒なので、その結果今日やって来ました。(夏目漱石「無題」)〔1914年〕[3]
- 私の滞在はこの冬で二た冬目であった。私は好んでこんな山間にやって来ているわけではなかった。(梶井基次郎「冬の蠅」)〔1928年〕[4]
- 季節や時期にいたる。なる。
- 切羽詰っての恵まれた時代がやって来たようである。(北大路魯山人「芸美革新」)〔1948年〕[5]
- また雪の季節がやって来た。雪というと、すぐに私は、可哀そうな浅見三四郎のことを思い出す。(大阪圭吉「寒の夜晴れ」)〔1936年〕[6]
- (補助動詞、動詞の連用形に接続)ある動作をしながら話し手がいる場所に近づく。
- […]と言いながら庭の枝折戸から小走りに走ってやって来られて、そうしてその眼には、涙が光っていた。(太宰治「斜陽」)〔1947年〕[7]
- 「どうしていらっしゃるかと思って、今日は家から歩いてやって来ました」と三吉が言った。(島崎藤村「家」)〔1910年-1911年〕[8]
- (他動詞) 「やって」と「くる」のそれぞれの意味が保たれたまま結合した複合動詞。
- (あることを)やってから、話し手のいる場所に到着する。
- 問題を当てられても解けず、黒板の前で立往生をしていると、また宿題をやって来なかったのがばれたりすると、先生は怒った。(小山清「遁走」)〔1954年〕[9]
- 原稿用紙で精々二枚か二枚半の分量のものだったが、昼の仕事をやって来てから書くのでは、楽な仕事ではなかった。(小林多喜二「党生活者」)〔1932年〕[10]
- (普通は「やってきた」などの完了・継続の形で)(あることを)継続してやる。
- 中部の宰から、司空、大司冠と六七年の間、仕事をやって来たが、今から考えても、わしは間違ったことをしたとは思わぬ。(下村湖人「論語物語」)〔1938年〕[11]
- 平田氏は一代で今の大身代を作り上げた程の男だから、それは時には随分罪なこともやって来た。(江戸川乱歩「幽霊」)〔1925年〕[12]
活用と結合例
各活用形の基礎的な結合例
意味 | 語形 | 結合 |
否定 | やってこない | 未然形 + ない |
否定(古風) | やってこず | 未然形 + ず |
自発・受身 可能・尊敬 | やってこられる | 未然形 + られる |
丁寧 | やってきます | 連用形 + ます |
過去・完了・状態 | やってきた | 連用形 + た |
言い切り | やってくる | 終止形のみ |
名詞化 | やってくること | 連体形 + こと |
仮定条件 | やってくれば | 仮定形 + ば |
命令 | やってこい | 命令形のみ |